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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(行ツ)61号 判決

長崎市小曽根町五番一二号

上告人

藤林淑子

横浜市鶴見区東寺尾北台一六-一一

上告人

藤林豊明

同所

上告人

藤林英世

右三名訴訟代理人弁護士

広瀬哲夫

長崎市魚の町六番一六号

被上告人

長崎税務署長

三島善司良

右指定代理人

東清

右当事者間の福岡高等裁判所昭和五五年(行コ)第二一号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五八年三月三〇日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人広瀬哲夫の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫)

(昭和五八年(行ツ)第六一号 上告人 藤林淑子 外二名)

上告代理人広瀬哲夫の上告理由

第一点 原判決は憲法八四条の解釈を誤り延いては旧租税特別措置法三八条の六、一項の解釈適用を誤った違法がある。

即ち、原判決が相当として支持した第一審判決は、本件第二の(二)物件(第一審原告(上告人らの被相続人亡藤林貞治)が東望開発株式会社から残余財産の分配として取得した長崎市田中名の土地一、四二七・六八坪)につき、第一審原告が東望開発の清算に際し、出資金に対する残余財産の分配としてこれを取得したものであること、及び旧租税特別措置法三八条の六、一項、同法施行令二五条の六、二項には残余財産の分配による取得が除外例として規定されていないことを認めながら、同法三八条の六、一項の規定は事業用資産を売却し、その受けた対価で代替のための資産を積極的に取得した場合を予定した制度で、本件のように積極的に資産の買換えを企図したものではなく、たまたま東望開発の解散という事態を契機に残余財産の分配として土地を取得した場合は、同法条が予定した買換資産の取得には当らないと解すべきであるとし、かように解しても租税法律主義の原則に反するものではないと断定している。

然し、仮に同法条について立法者としては第一審判決のいうように本件の如き場合を予定してはいなかったとしても、憲法八四条の租税法律主義の精神を厳格に貫く限り、これに支配される税法規の解釈としては納税者に不利な類推解釈は絶対に容認し得ないところであって、適用除外する明文規定がない限り、且つ除外しないことについて税法上それなりの合理的理由の存する限り買換えの特例の適用を是認すべきである。

蓋し、税法は刑事法と同じく侵害規範であるから、その解釈適用に当っては、国民の経済生活の法的安定と予測可能性を保障するため、文理解釈を重んずべきであり、その課税要件は明確に法定され、その解釈は一義的であるべきである。そして、課税要件事実の認定に当って、複数の見解が成り立つ場合には、「疑わしきは納税者の利益に」という原則が妥当し、いわゆる立法の沿革、目的は成文法規の文言の前には後退することを承認せざるを得ない。これ、憲法の保障する租税法律主義の当然の帰結である。「残余財産の分配による土地の取得」に於て、同法条が適用を認める「売買」による土地の取得と対比しても後者にあっては買換によって在来土地の喪失という対価的犠牲を伴うのと同様前者にあっても株主権の消滅という対価犠牲を伴うし、実質的に見ても残余財産の分配として一旦金銭を取得し当該金銭を原資として改めて土地を取得した場合との均衡を考慮するとき、買換特例の優遇措置を認めてよい合理的理由が存するというべきである。

仮に、買換資産の適用対象から本件の場合の如き残余財産の分配としての土地の取得を除外することを立法者が欲するのであれば、そして特例計算の適用除外となるべき譲渡資産の譲渡中に折角「出資による譲渡」を規定しながら、その対置概念である「出資の払戻による取得」ないしは「残余財産の分配としての取得」を買換資産取得の適用除外として規定しなかったのは立法の過誤によるものであったとしても、そのこと又はその過誤は新たな立法、法改正によってのみ是正さるべきものであって、これを納税者に不利な類推解釈によって賄うことは絶対に許さるべきことではない。

然るに、原判決が事ここに出でず、本件残余財産の分配としての土地取得につき上告人らに不利益な類推解釈を敢えてなし、買換資産の特例計算の適用を否定したのは憲法八四条の解釈を誤り、延いては旧租税特別措置法三八条の六、一項とその施行令二五条の六、二項の解釈適用を誤ったもので明らかに違法である。

第二点 原判決には理由不備もしくは理由齟齬の違法があり、民事訴訟法三九五条一項六号に該当する。

即ち、原判決は亡藤林貞治が昭和四四年分所得税の確定申告に際し、旧租税特別措置法三八条の六所定の特例計算の適用を受けるべく買換資産の取得価額見積承認申請書を提出したが、買換え見込み物件が本件第一物件(長崎市小曽根町の物件)のほか三物件に及んだところから、右各物件の現実の取得価額の計算に混同錯誤を来たし、審査請求の段階に至るまで本件第一物件の取得価額に登録税、登記手数料及び不動産取得税以上合計四一八万九、九一〇円を加算すべきことに気づかなかったこと、(右各費用を第一物件の取得価額中に算入すべきところ、これを錯誤により本件第二物件―第一審判決別表(五)記載物件―の取得価額中に算入したものである)右の諸費用は理論上第一物件の取得価額を構成すべきものであること、右過誤は客観的に明白であり、且つ金額的にも多額であって重大であり、これの是正を許さなければ納税義務者たる亡藤林貞治が著しい損害を被ること必定であって、而も現段階では本訴訟手続によるほかに求済手段はない旨上告人らの主張に対し、右記載内容の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、法に定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合には法定の方法によらないで、記載内容の錯誤を主張することは許される旨判示しながら、本件の場合右各費用の納税義務は昭和四六年中に発生したものであるから、右各費用は昭和四六年中の事業経費として処理することができるものであり、仮に不動産取得価額を構成するものであると解するとしても、本件全証拠によっても、その錯誤の明白重大性及び前示特段の事情の存在を認めることはできないとしている。

然し、右各費用が本件第一物件の取得価額を構成すると解する以上、(因に原裁決は右各費用が買換資産の取得価額を構成することを前提として判断していることは乙四号証に徴して明らかである)而もこれら費用の現実の納税義務が昭和四六年中に発生したことが明白である以上、藤林貞治に於てその取得の日から法定の四ケ月の期間内に右取得価額の更正の請求をなすことは物理的に不可能であったのであり、他方本件所得税の課税年度である昭和四四年当時の所得税法関係通達(昭三五・直所一-一一、直資一六)によれば業務用資産たると非業務用資産たるとを問わず固定資産についての前記各費用はその固定資産の取得価額に算入することとされ、昭和四五年七月一日付所得税基本通達において前記通達が一部改められた際にも、その附則二において昭和四四年分以前の所得税については、なお従前の例によるとされていたのであって、税務行政実務において全国的にこの通達どおり統一的に運用されていたのであるから、当該年度の所得税の確定申告においてこれら費用を原判決がいうように事業経費として処理する実際上の余地はなかったものであることが明らかである。

然らば、原判決は法定の方法以外にその是正を許さなければ、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情の存否について理由不備ないしは理由齟齬の違法ありと論難せざるを得ない。

以上いずれの論点よりするも原判決は違法であり破棄さるべきものである。

以上

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